泊まれない男

男は困っていた。

出張先のホテルが、どこも予約できないのだ。

平日で、観光シーズンでもない。いつも空室だらけのホテルまで、予約できなくなっている。

出張はもう三日後に迫っていた。男は仕事の合間も、帰宅してからも、必死に空室を探し続けた。

そしてようやく見つかったのは、壁紙が剥がれ、廊下にカビ臭さが漂う、今にも潰れそうなボロボロの宿だった。

なんとかその出張は乗り切ったものの、それで終わりではなかった。

その翌週も、さらに翌週も、男はホテルの予約がなかなか取れず、宿探しに苦労することになった。

不審に思った男は、ホテル業界で働く友人に相談した。

友人は少し迷ったあと、声をひそめて言った。

「実はな、ホテル業界にも口コミサイトがあるんだよ」

「知ってるよ。いつも使ってる」

「いや、客がホテルを評価するサイトじゃない。ホテルが客を評価するサイトだ」

「なんだって?」

「ホテルの従業員だけが見られる秘密のサイトさ。宿泊客の名前を検索すると、過去の評価が出てくる」

友人はスマートフォンを取り出し、画面を見せた。

そこには男の名前があった。

総合評価、星1.2。

その下に、ホテル側からの口コミが並んでいた。

『些細なことで従業員を怒鳴る。星1つ』

『チェックアウト時刻を大幅に過ぎたのに謝罪なし。星1つ』

『何度も呼び出されたが、最後までお礼の一言もなかった。星2つ』

男は顔を真っ赤にした。

「こんなの名誉毀損だ! 客を勝手に評価するなんて許されるのか!」

友人は肩をすくめた。

「客がホテルを評価していいなら、ホテルだって客を評価していいだろう?」

男は言い返せなかった。悔しいことに、書かれていることはどれも身に覚えがあったからだ。

「でも、安心しろ。総合評価を上げる方法はある」

「本当か?」

「もちろん。いい客になればいいんだよ」

男はほっとした。

しかし、友人は続けた。

「ただし、今の評価じゃ、まともなホテルには泊まれないぞ。評判のいいホテルほど、客の評価も厳しくチェックするからな」

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「君みたいな客でも受け入れてくれるホテルに泊まって、少しずつ評価を上げるしかない」

つまり、しばらくはボロボロの宿に泊まり続けなければならないということだった。

男はうんざりしたが、ほかに方法はなかった。

* * *

翌週の出張で泊まった宿は、ひどいものだった。

部屋に入ると、シーツには誰のものかわからない髪の毛が落ちていた。シャワーは途中から水しか出なくなり、エアコンはガタガタと大きな音を立てるばかりで、ちっとも暖かくならなかった。

フロントに電話しても、誰も出ない。

ようやくつながったと思えば、面倒くさそうな声で「古い建物なんで、仕方ないですね」と言われただけだった。

以前の男なら、間違いなく怒鳴りつけていた。

だが、今は違う。

「そうですか。お忙しいところ、ありがとうございました」

男は丁寧に電話を切った。

翌朝、チェックアウトの際にも笑顔で礼を言った。

「お世話になりました。ありがとうございました」

フロントの従業員は、顔も上げずに鍵を受け取った。

次の出張先の宿もひどかったが、男は文句を言わずに、従業員に丁寧に接した。

そんな出張が何度も続いた。

数か月後、男の評価は星4つまで回復した。

ようやく希望するホテルにも泊まれるようになった。

その夜、男はホテルのバーに友人を招いて礼を言った。

「おかげで助かったよ」

「よかったな。これでホテル探しに苦労することもなくなるだろ」

男は酒を一口飲み、笑った。

「ああ。しかし、あんなことで評価が上がるとはな」

「あんなこと?」

「笑顔で挨拶して、ありがとうって言うだけだよ。別に心から感謝してるわけでもないのにさ」

友人は静かにうなずいた。

翌日、新しい口コミが投稿された。

『従業員への敬意は表面的なもの。星2つ』