私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
その男は、幼い頃から、父母に連れられて、しばしば外国へ旅行したという。アメリカにも、幾度となく行った、と言っていた。
私は、もとより、その男の言葉を一から十まで信用していたわけでは無い。何せ、その男は、自分の過去について語る時、いつも、何とも言えず得意そうな、そうして、どこか人を馬鹿にしたような薄笑いを浮べるのである。
けれども、こちらが少しでも疑わしそうな顔をすると、たちまち、その笑顔は消え、まるで自分の生涯の最も神聖な部分を踏みにじられたとでもいうような、ひどく傷ついた表情をするので、私も、つい、それ以上は何も言えなくなってしまうのであった。
人間は、嘘をつく時にも、あんなに悲しそうな顔が出来るものなのであろうか。いや、これは、私のひがみかも知れない。
とにかく、或る日、その男は、証拠を見せてやる、と言って、三葉の写真を持って来たのである。写真の裏には、三葉とも昭和六十四年と記されていた。その男が小学校六年生の時に撮影されたものだという。
* * *
一葉は、アメリカの、自由の女神像の写真であった。
青い空があり、海があり、その中央に、あの大きな緑色の女神が、片手を高く差し上げて立っている。いかにもアメリカらしい、謂わば、外国旅行の案内書の表紙にでもなりそうな、まことに明朗な写真である。しかし、私は、その明朗さに、かえって、何とも言えぬ、物足りなさを覚えた。どこにも、その男が写っていないのである。
これでは、写真屋で買って来た絵葉書を見せられても、同じ事ではないか。私は、そう言いかけて、やめた。男の顔に、例の、傷つきやすい人間だけが持っているらしい、あの厄介な自尊心の影を認めたからである。
男は、私の沈黙を、何か好意的なものと解したらしく、いよいよ得意そうになって、第二葉を取り出した。これには、男自身が写っていた。
グランド・キャニオンの、あの赤茶けた岩山を背景にして、まるまると肥った子供が、白い半袖のシャツに、膝上までの短いズボンをはき、脛には長靴下をぴんと張らせて立っている。いかにも良家の子弟らしい身なりである。
両手を腰に当て、首を少し左に傾け、笑っている。たいへん満足そうな笑顔である。いや、満足というより、得意、と言ったほうがよいかも知れない。或いは、得意というより、何か自分だけがこの世の重大な秘密を知っているような、そうして、その秘密を知らぬ人間たちを、ひそかに憐れんでいるような、妙な笑顔なのである。
私は、その写真を見て、何となく、落ち着かない気持になった。けれども、なるほど、と頷いて見せた。
男は、すっかり気をよくしたようで、最後の一葉を差し出した。
空港の駐機場で撮影されたものらしい。広いコンクリートの地面の向こうに、飛行機が一機、見えている。その手前に、例の子供が、航空会社の客室乗務員らしい女のひとと並んで立っている。
女のひとは、子供の背丈に合せて、少し膝を折り、陽の光にさらされた、なめらかな白い二の腕を伸ばして、その肩に手を置き、笑っている。子供も笑っている。二人とも、実によく笑っているのである。
私は、しばらく、その写真を眺めた。
まことにありふれた、幸福そうな旅行の記念写真である。けれども、その写真には、何かがあった。いや、何かがあった、というのは、正確ではない。
何かが、無かったのである。
それが何であるか、私には、どうしてもわからなかった。顔か。いや、顔ではない。女の顔は、いかにも人間らしい、親切そうな顔である。子供の顔も、例の、いささか憎らしいほど得意そうな笑顔ではあるが、別に奇怪というほどのものではない。
飛行機か。滑走路か。いや、どちらも違う。では、いったい何なのか。わからない。
まるで、どこかに重大な間違いがあるのを知っていながら、その間違いだけが、どうしても眼に入って来ないような、何とも不愉快な気持なのである。
私は、女の顔を見た。子供の顔を見た。そうして、もういちど、女の全身を見た。やはり、わからない。自分の頭が悪いのではないか、とさえ思った。
私は、とうとう、その写真を男に返した。男は、私の様子を見て、これで完全に信用させる事が出来たと思ったのであろう、いよいよ満足そうに笑っていた。私は、その笑顔にも、何か、ぞっとするほど不愉快なものを感じたのであるが、しかし、他人の幸福そうな顔を見て不愉快になるというのは、畢竟、自分の心が卑しいからではないか、と思い直し、何も言わなかった。
* * *
それから、ずいぶん時が経った。私は、その三葉の写真の事など、すっかり忘れていた。
人間の記憶というものは、実にいい加減なものである。あれほど気味悪く思った事でも、日々の生活の中にまぎれ込んでしまえば、いつのまにやら、まるで何事も無かったように消えてしまう。
ところが、先日の事である。
私は、駅の構内で、或る航空会社の広告ポスターを見た。夏の旅行を勧める広告らしく、青い空と白い雲、それから、半袖の制服を着た客室乗務員が、涼しそうな顔をして笑っていた。
私は、別に、その広告に興味を持ったわけではない。ただ、その客室乗務員の、むき出しになった白い腕を見て、ふと、あの第三葉の写真を思い出したのである。
あの女のひとも、白い腕をあらわにしていた。薄い生地の、いかにも涼しそうな半袖の制服を着ていた。
無論、航空会社の制服というものも、時代に依って変るのであろうし、私には、そのようなものに就いての知識など、ほとんど無い。けれども、あの写真の女のひとも、確かに、夏の服装をしていたのである。
夏服。
私は、その時、はっとした。
そうだ。あれは、夏服だったのだ。
それだけの事である。それだけの、実につまらない発見である。けれども、私には、その発見が、何か恐ろしい犯罪の証拠を掴んだ時のように、胸に突き刺さったのである。
昭和六十四年。
あの三葉の写真の裏には、確かに、そう書かれていた。
しかし、昭和六十四年には、夏が無かったのである。
いや、夏が無かった、などと書くと、まるで異常気象の話のように聞えるかも知れないが、そうではない。昭和六十四年は、一月七日をもって終ったのである。翌一月八日から、平成になった。
つまり、昭和六十四年という年には、冬しか無かったのである。たった七日間の冬である。そこには、春も夏も秋も無い。ただ、七日間の冬があっただけなのである。
私は、ようやく、あの写真の奇妙な違和感の正体を悟った。
あれは、写真では無かったのだ。
人工知能。いわゆるAIというものが作り上げた、存在しない過去なのである。
私は、あの女のひとの笑顔を思い出した。真冬の空港で、薄い夏服を着て、少しも寒そうな顔をしていない。
近頃のAIは、ずいぶん人間らしくなったという。人間の姿も、笑顔も、まことによく創り上げられるようになった。
しかし、人間とは、寒さに凍え、情けなく身を震わせる生きものではなかったか。
本当の自分では誰からも相手にされないと思い込み、嘘で塗り固めた自分を差し出して、他人の疑わしげな眼差しひとつに、なすすべもなく傷ついてしまう、あの男のように。
他人の嘘を見破っただけで、自分が少し立派な人間になったような気になり、その浅ましい優越感を恥じながらも、喜ばずにはいられない、この私のように。
その弱ささえ持たぬようでは、まだまだ人間失格である。
(参考文献:太宰治「人間失格」『展望』1948年6月号–8月号、筑摩書房)
