私はとある誘拐事件で一人娘を亡くしました。
長い不妊治療の末に授かった一人娘でしたから、私も妻もたいそう可愛がりましたよ。
事件が起きたのは娘が16歳のときでした。高校からの帰り道に誘拐されたのです。
私が会社を経営しているものですから金のある家だと分かったのでしょう。
予想外だったのはその身代金の低さでした。たったの30万円だったのです。
警察にも通報しましたが、無理に犯人を捕まえようとしないでくれと頼みました。
たった30万円で娘が帰ってくるのであれば惜しくはないですから。
そして身代金の受け渡し当日。私がお金を持っていきました。
犯人は目出し帽を被っていましたから、目しか見えませんでした。
それに包丁を顔に突きつけられた娘の泣き出しそうな顔を見たら、犯人の顔なんてどうでも良くなりました。
犯人に身代金を渡して、娘を返してもらおうと思ったそのときです。
警察が一斉に犯人に向かって走っていきました。
それに気が付いた犯人が逃げ出そうとしたときに、持っていた包丁がたまたま娘の首を切り裂き、娘はそのまま帰らぬ人となりました。
犯人はそのまま逃走しました。顔はおろか名前すら分かりませんでした。
私と妻は毎日泣いて過ごしました。
可愛い一人娘を失った気持ちが分かりますか?
警察が捕まえないなら自分が捕まえて復讐してやると思って、色々な伝手を使って犯人を捜しました。
そして5年の月日が経過し、ついに犯人の居場所が分かりました。
知り合いの探偵さんが別の事件の捜査中にたまたま見つけてくれたのです。
私は犯人がどんな暮らしをしているのか見に行きました。
とてもみすぼらしい家に住んでいましたが幸せそうでしたよ。
妻と娘の3人暮らしでした。娘は5歳くらいでした。とても可愛らしい娘でした。
わたしはそのとき気がついたのです。あの身代金は出産に必要なお金だったのだと。
私は自分の娘が5歳だったときのことを思い出しました。
父親にとって娘というのは特別な存在です。
この犯人がいまどんな気持ちで、その優しい眼差しを娘に向けているのか分かるのです。
だから警察には通報しないことにしました。
私には彼の気持ちが分かるのです。
だから彼にも私と同じ気持ちを知ってもらいたいのです。
11年後に……
(END)
【解説】
犯人の娘が16歳になったときに殺害しようとしている。