高校生のマサヒロは幼い頃に母親が蒸発してしまい父親が男手ひとつで育ててくれました。
母親がいなくなったのは幼い頃だったので顔もよく覚えていません。父親や祖父母が愛情いっぱいに育ててくれたので母親に会いたいという気持ちになることもありませんでした。
高校では野球部のエース左腕として活躍しており、3年生最後の夏の県大会で順等に勝ち進み残すは決勝戦のみというところまできました。
あと1つ勝てば甲子園への出場が決まるという大事な試合に向け毎日一生懸命練習に励みました。
そんなある日の夜、父親がマサヒロにある提案をしてきました。
「もうすぐ県大会の決勝だな。俺はもちろん応援に行くがせっかくの晴れ舞台だから母さんにも来てほしいんじゃないか?」
母親の記憶はほとんど残っていないどころか、自分を捨てて出て行ったということに対して恨みすら持っていたマサヒロは当然断りました。
父親はマサヒロが自分に遠慮して言い出せないのではないかと思い「もし母さんに会いたいなら住所だけは教えておくから好きにすればいい」と言って住所を教えてくれました。
母親は小さな食堂を営んでいるとのことです。マサヒロの住んでいるところからは飛行機を使わなければ行けない場所です。
父親は「使わなければ小遣いにしていいから」と言って飛行機代まで渡してくれました。
母親に応援に来てほしいなどとは思いませんでしたが、自分の母親がどんな人物なのか、そして今どんな暮らしをしているのかということには興味がありました。
数日間悩んだ挙げ句会いに行く事にしました。
母親が営んでいる定食屋はすぐに分かりましたが店の前まできたものの中に入る勇気が出ずに外から覗いてみました。
そこには1人の中年女性が見えました。見た瞬間に自分の母親だと分かりました。顔を思い出したというよりも自分にそっくりだったからです。
いきなり息子だと名乗る勇気はなかったので客として入ることにしました。昼時を外したので店内には自分以外の客はおらず、店員も母親以外見当たりませんでした。
優しい声で「いらっしゃいませ」と言われましたが息子だということに気づいていないようでした。席に座ってナポリタンを注文しました。
10分ほど待つと母親がテーブルにやってきてフォークを置きナポリタンの入った皿を置きました
それを見た瞬間にマサヒロは母親が気づいているということを悟りました。
なぜマサヒロは自分の正体がバレていると思ったのでしょうか?
マサヒロの利き腕はどちらでしょう?
フォークの柄を左側にして置いたから。
マサヒロは野球部の左腕である。つまり左利きである。
通常の飲食店であれば客の使いやすいようにスプーンやフォークの柄の部分が右側になるように置く。
しかし母親はマサヒロが左利きだと知っていたので柄が左にくるように置いたのである。